「窓の肖像・名もなき歌」

「窓の肖像・名もなき歌」

食器を洗いながら、窓の外の風景に目を移す。
光に照らされる風景は、自分がこの家で働きはじめたあの日から変わらない様に見えた。

柔らかな光と、こなした仕事の心地よい疲労感に、いつもと変わらず歌がこぼれる。

日々が同じに感じると人の心には隙間ができる。
その隙間に影が忍び込むと、その人は病気にかかってしまう。この病気は薬では治せないから、とても厄介だ。

この病気には歌が効く。名前のない歌であればなおいい。それが心から自然とこぼれる歌ならさらにいい。それをみんなで歌って、おかしな歌だねって笑いあっていれば、影は居心地が悪くて逃げていく。

それが母に教わった、村に古くから伝わる風習だった。
どこに行っても歌が聞こえるその村では、影の姿はついぞ見ることはなかった。

村を離れても、歌を口ずさむ癖は抜けなかった。
咎められることも多かったけれど、いつの頃か屋敷の中に咎める人がいなくなっていた。さすがに、外に出るときには注意している。

区切りがよくなり、時計に目をやる。
食器を拭いて棚に戻せば、お茶の準備にはちょうど良さそうだ。

自分が仕える姫君は今日も役目に励んでいるだろう。
そんなことを思っていると、彼女の幼いころの姿を思い浮かべてしまうことがある。

小さい頃はよく泣く子だった。ただ、自分の歌を耳にするとおとなしく聞いていたそうだ。それを重宝がられて彼女のそばに就くことが多かった。

彼女も成長し、泣くことは少なくなった。自分もまかされる仕事が増え、傍にいる時間は以前よりも少なくなった。しかし、気が付けば仕事場まで来ては歌を聴いているようだった。

聞き分けがよいと多くの先達から評される彼女だが、周りからたしなめられても、歌を聞きに来ることだけはやめるつもりはないらしい。

彼女の幼い姿を思い出すことを、少し後ろめたく思う。
きっと自分はさみしいのだろう。

過去に一度だけ姉と呼ばれたことがある。

驚いて振り向けば、彼女も驚いた顔をしていた。目が合えば、困ったように眉をひそめてこちらをうかがっていた。

その関係を肯定することはできなかった。それでも嬉しさに嘘はつけなかったようで、口を噤んだその顔はきっと笑っていたのだろう。彼女も安心したように笑顔を見せた。

背丈が並ぶほどの月日がたち、彼女は周りが期待する以上に大きく、強くなっている。

自分が彼女を守るのだと、そう考えていた時期もある。今にして思えば何を思いあがっていたのかと、恥ずかしさもある思い出だ。今の彼女は自分の力など到底届かない世界に挑んでいる。もう、自分が彼女の為にできることなどほとんどないだろう。

それなのに、なぜか目が合うとあの日と同じような雰囲気を見せるときがある。気のせいかとも思うけれど、こちらの顔を見て同じように顔を和らげている。

これからもっと彼女の力は大きくなり、自分のできることは少なくなる。

それでも彼女が私を必要としなくなるその日までは、歌をたやさず紡いでいこう。

「窓の肖像・名もなき歌」
「窓の肖像・名もなき歌」

作品の概要

本作は「幻想藝術考13」展に向けての制作です。
会場では額装した状態で展示するので額を含めて工夫ができないか?と考えていました。今回はサムネイルと合わせて連作をつくり、窓の内と外とをつなげることを目指しています。

テーマ

窓の肖像

モチーフ

日々を楽しみ生きるハウスメイド

コンセプト

※「テーマ(目的)」+切り口

同じような日々の中でも、変化は必ず続いている。その変化を楽しめるか、さみしく思うのか。それは日々の決意でかわる。

挑戦課題

下塗りの色を活かし、制作時間の圧縮を図る

制作後記

着彩ではグラデーションマップを使って画面全体の支配色を決め、固有色を調整する手順で進めています。

ここまで自分の塗り方は油絵っぽいと自分では思っていましたが、「水彩画っぽい塗りですよね」と感想をいただきました。

考えてみれば使っているブラシは筆圧で流量を変化させているので、不透明な顔料を使う油絵とは印象が違うのは当然です。参考にしている資料が油絵やそのテイスト作品だったため、自分の絵の印象も準じていると思い込んでいたようです。

「水彩画っぽい印象」というのは良い発見でしたので、本作ではその視点を活かしてみたいと考えました。

下塗りを活かした着彩を行う

ここまでは描き込みながら立体を起こす際に色で塗りつぶす様に塗っていました。透明度のある画材を重ねて不透明度を上げるという考え方ですね。

本作もシルエットを変える部分は、同じ方法で描いています。それ以外の部分については、ラフから下塗りの際の色の変化を活かし、筆跡の流れに違和感が出る部分を整えることを意識して、制作を進めました。

白が基調になる部分の色の変化は、今回の描き方の方が良いと感じました。背景で印象を薄くしたい場合や、光が透けるように白い生地では今回の描き方が活きてくると思います。

また、制作効率を上げることを考えると、下記の点が課題になりそうです。

筆跡の取り扱いを考える

筆跡を描きつぶす方法は、立体を立ち上げる際に面の把握がしやすいという利点がありました。ただ、色は画面上からスポイトで拾うのである程度反映されるのですが、やや単調になると感じていました。

今作で試した水彩っぽい塗り方は、色彩の点では変化がより出るので面白いと思います。ただ、淡い色の変化を活かそうとするなら、筆跡の方向にはより気を配る必要がありそうです。

方向としては、これまでの「描き込みの際に詳細を詰めればよい」から、「描き込みの際の手数に制限ができる」と考え方を修正するのが良いのではないかと思います。

描き込みから筆跡の方向を変えようとすると、情報量の点でバランスを崩します。筆跡の重なりが見えすぎれば情報量過多になり、整えすぎると色の変化が単調で情報力不足となります。

今作でも周囲とのバランスをとるという点が最も時間がかかりました。

感触としてはラフを描く際には筆跡の方向に気を配り始めるほうが良さそうなので、この点は制作を重ねて検証していきたいと思います。

ラフから筆跡に気を配るという点から、ラフの描き方自体を見直した方がいいかもしれません。

色の配置の精度

色の配置についてもここまでは、最終的に塗りつぶすことを前提にしていたので「描き込みの近い場所に拾える色があればいい」程度の考え方でした。

ラフ工程での描き込みを増やすことを想定すると、下塗りの精度も上げたほうが良いでしょう。

筆跡を残す、色の変化の両方を考えるとグラデーションマップが良さそうですが、まだ思い付きの段階なのでここも制作を重ねて検証していきたいと思います。


検証の結果が整理できたら、共有したいとおもいます。


この断片があなたの星へ続く道を、少しでも照らすことを願って

投稿者: 0.1

厚塗りで「存在感や重さ、質感による説得力」のあるイラストを目指しています。 日本では線画をベースとしたイラストが主流ですが、そこから外れたモノもイラストの世界を広げる為に必要だと考えています。「世界観にもう一味試したい」そんなときには、ぜひお声がけください。

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